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横浜地方裁判所川崎支部 昭和41年(ワ)68号 判決 1968年6月29日

原告

横浜日野自動車

株式会社

代理人

山田盛

山田尚典

被告

志村有信

代理人

綿貫繁夫

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、<省略>

第二、原告の請求原因

(一)本位的請求原因

(1)別紙目録記載の自動車(以下本件自動車と略記)は、もと神奈川日野モーター株式会社の所有であつたが、原告が同会社を吸収合併し、これにより、本件自動車の所有者となつた。

(2)被告は、昭和四〇年九月七日から本件自動車の占有を開始し(吸収合併した神奈川日野モーター株式会社を指称する。「第二」において以下同じ)、原告の口頭及び書面による再三の返還請求にもこれを拒絶し、のみならず、原告の被告に対する本件自動車返還請求権保全のための仮処分も、被告が本件自動車を匿していたため実行不能であつた。

(3)従つて、現状においては、原告の本件自動車に対する観念的所有権は失つていないけれども、実際においてはその回復は不能である。

(4)よつて、原告は、被告に対し、本件自動車所有権侵害に対する損害賠償としてその侵害をした昭和四〇年九月七日当時の自動車の価額金五二九、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四一年三月二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(二)原告の予備的請求原因

(1)原告は自動車の販売を業とする会社であり、商品たる本件自動車を所有している。

(2)被告は、昭和四〇年九月七日から本件自動車を不法占有し再三にわたる原告の返還要求を拒絶し、よつて原告の本件自動車に対する所有権の行使(商品販売)を故意に侵害している。

(3)原告が後日本件自動車の返還を受けても、その返還時における本件自動車の販売価額は金八〇、〇〇〇円以下であり従つて被告の右不法行為により、原告は、昭和四〇年九月七日当時の本件自動車の販売価格金五二九、〇〇〇円と右金八〇、〇〇〇円との差額金四四九、〇〇〇円の損害を蒙つたから、予備的請求趣旨の判決を求める。

第三、被告の主張

(一)原告の本位的並予備的各請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求める。

(二)原告の本位的並予備的請求原因事実中、本件自動車を神奈川日野モーター株式会社が所有していたとの点を否認し、被告が本件自動車を昭和四〇年九月七日以降現に占有することを認め、また、原告がその後神奈川日野モーター株式会社を吸吸合併したことを認め、その他の主張事実を争う。

(三)本件自動車は、訴外中原オート販売こと高崎昇(以下訴外人と略記)の所有である。仮に本件自動車が神奈川日野モーター株式会社の所有であつたとしても、本件自動車は登録されていないので、被告は、平穏公然に本件自動車の占有を開始し、しかもその所有客を訴外人であると信ずるについて善意無過失であつたから、本件自動車に対して、即時質権を取得した。すなわち、被告は訴外人に対し金三五万円を貸付けていてその返済期が到来していたが、昭和四〇九月七日になつて、自動車の販売及び修理を業としていた訴外人が、本件自動車を運転して被告方に来て、本件自動車を担保に入れるから同年九月末日まで返済を猶予してくれと頼み、その旨の念書と共に本件自動車を被告に引渡した。被告は、訴外人の店舗には神奈川日野モーター株式会社の代理店であることが表示されており、常に数台の新車が販売のため展示されていることを知つており、本件自動車もそのうちの一台で訴外人の所有であると述べていたから、被告もなんら疑う余地なく無登録の本件自動車に質権を設定取得したものである。また訴外人は、本件自動車を被告の名義で登録するからと称して新規登録申請書及び自家用貨物自動車使用届の各用紙を被告に交付し、所定個所に被告の実印を押捺するよう鉛筆で記し被告の印鑑証明書も取り寄せておくよう申し向けていたから被告としては訴外人が本件自動車の処分権利者であると信じたことに過失はない。

<中略>

第四、被告の主張に対する原告の反駁

(一)本件自動車は登録されている自動車である。すなわち、原告は、その所有にかかる本件自動車を、未登録のまま昭和四〇年七月六日展示見本車として訴外人に貸与し、従つて、自動車検査証も自動車登録番号票も添付せず、臨時運行許可番号票も回送終了と同時に取外していたが、昭和四〇年七月三一日神奈川日野モーター株式会社名義で新規登録をなしたあと同年八月三〇日所有者である同会社が道路運送車両法第一六条による抹消登録をなしたものであつて、抹消登録も登録であつて無登録自動車ではない。

(二)自動車については登録の有無に拘らず民法第一九二条は適用がない。けだし、自動車は本来運行の用に供されるべきものであり、登録を受けていなければ運行の用に供することができないので、専ら登録をもつて権利の得喪変更の対抗要件とすべきものであるからである。

(三)仮に自動車についても民法第一九二条の適用があるとしても前記のように本件自動車は登録自動車であるから本件自動車についてはその適用が排除される。

(四)仮に本件自動車についても前記民法の規定が適用ありとしても、被告は本件自動車の占有取得時において訴外人に本件自動車の処分権限ありと信ずるについて善意無過失ではなかつた。

(1)被告は本件自動車の占有を取得する以前に訴外人を通じて日野コンテッサの新車一台を購入したことがあり、その際当該車両の所有者も売主も訴外人ではなく原告であつて訴外人は売買の当事者になつていなかつたことを知つているのであるから、当然本件自動車も原告の所有であることを知つていた筈であり、原告の返還請求にも応じようとせず着服横領の意思を明白に表示していることはその悪意の証左であり、仮に知らなかつたとしたら過失があったといわなければならない。

(2)原告と訴外人との関係は、代理店ではなく販売特約店関係にすぎず、訴外人が販売先を見つけて原告に報告し、売買契約を締結するときは原告と客とが直接売買契約を結んでいたのであつて、このような事例は多数見られるのであるから、訴外人に本件自動車の処分権限があると信ずるについては過失がある。

(3)被告は善意無過失の理由の一として、訴外人が新規登録申請用紙等を交付したことを挙げているが、右は既に被告が占有を開始したあとである昭和四〇年九月一五日のことであるから、失当である。

(4)被告は、訴外人に対し、道路運送車両法第三三条に定める譲渡証明書や新規登録用謄本の交付を要求することによりその処分権限の有無を確認していないから過失がある。

(5)自動車検査証や登録番号票の添付のない自動車は運行の用に供することができないから、一般に取引の対象となるものではなく、本件自動車について製造業者でもその直接販売会社でもない訴外人に正当な処分権限がある筈がなく、これらの点について十分調査せず訴外人の言葉だけを信用して権限ありと考えたのは過失がある。

(6)販売価格五二九、〇〇〇円の連行可能な新車を僅か金三五〇、〇〇〇円の担保に差入れるについて不審を感じないばかりか、その所有権を取得しようとしていたのであるから過失がある。

<中略>

理由

(一)<証拠>を総合すると、本件自動車は神奈川日野モーター株式会社の所有であつたところ昭和四〇年七月三一日同会社所有名義で新規登録がなされた同年八月三〇日道路運送車両法第一六条による抹消登録がなされたが、その間登録事項には何ら変動なく、また再度新規登録されることもないまま、現在に至つたものであることが認められる。もつとも、その間に神奈川日野モーター株式会社が原告に吸収合併されたことは当事者間に争がない。従つて、本件自動車に関する権利義務も原告が包括的に承継したものと認めるべきである。

(二)本件自動車のように、新規登録されたが抹消登録された自動車は、やはり無登録の自動車であつて、自動車抵当法第二〇条の適用はなく、一般動産として質権の対象となり得るものであつて、民法第一九二条の適用も受けるものと解すべきである。

(三)次に被告が占有の始めにあたつて民法第一九二条の要件を充足していたかどうかの点に関して検討してみる。

(1)被告が本件自動車について昭和四〇年九月七日から占有を開始したことは当事者間に争がない。<証拠>を総合すると、被告はかねてから訴外人に対して金三五〇、〇〇〇円を貸与し、その弁済期も既に到来していたが、訴外人が昭和四〇年九月七日被告方に本件自動車を乗りつけ、本件自動車を担保に差入れるから九月一五日まで弁済を猶予されたい旨の申入を受け、平素から訴外人が中原オート販売の名で日野自動車の販売に従事しており、訴外人の店舗の周囲附近には常時二、三台の自動車を置き、これらの自動車を自由に乗りまわしていたことを知つていたこと、更に訴外人が仮ナンバーで登録はないが最悪の場合にはすぐ登録してやるよとにかく自分の自由になる車だから預つてくれというので、神奈川日野モーター株式会社の所有物とは知らずに訴外人の所有物と信じて担保として預つたものであることを認めることができる。

(2)しかして、……によつても、被告が昭和四〇年四月頃訴外人を通じて日野コンテッサ一台を売主神奈川日野モーター株式会社から買込んでいることを認めることができる。

(3)……によれば、訴外人は神奈川日野モーター株式会社の取次店であつて、単に顧客を同会社に紹介するだけで契約の当事者にはならなかつたものであることを認めることができる。

(4)更に……によれば、被告は、本件自動車に関する登録の有無を調査したり、譲渡証明書や新規登録用謄本の交付を訴外人に要求したこともなく、同年九月一五日になつて、訴外人から重ねて弁済の猶予を乞われ、被告名義に新規登録してやるから、印鑑証明を取つたうえで新規登録申請書用紙や自家用貨物自動車使用届の各用紙に押印しておけとその個所に鉛筆で丸印をつけて手渡されたことを認めることができる。

(四)以上認定の事実を総合すると、被告が本件自動車を昭和四〇年九月七日に訴外人から質権の対象物件としてその占有を取得するに当つて、平穏公然善意無過失であつたと認めざるを得ない。なんとなれば、

(1)訴外人は、平素から本件自動車と同じ製造元の自動車の取次販売に従事し、その展示見本車を常時店舗附近に置き、かつこれを自由に乗りまわしていたというのであるから、訴外人に「日野」の自動車を販売するについて或程度の権限を有しているものと思いこむのは当然であり、むしろ、客を探して来て原告に紹介するだけのことでそれ以上何らの権限も与えられていないことを知つていたと認めるには、それ相応の事由を必要とする。原告は、その事由の一として嘗て被告が訴外人の紹介で日野コンテッサ一台を購入したとき原告が売主であつて訴外人が売主でなかつたことを知つていた事実を挙げているが、だからといつて本件自動車についても訴外人に処分権限がないことを知つていたことにはならず、かえつて訴外人の尽力により日野コンテッサを買うことができたのであるから、訴外人は原告のような販売業者と特別の関係があり、この自動車は「自分の自由になる車だ」と言われれば、本件自動車も訴外人の尽力によつて結果的には自由に処分が可能な自動車であると信ずるのが当然であるし、かく信ずるについて過失はないものと言わなければならない。

(2)また、登録番号票のない新車であることも、訴外人が前記のような立場にあつてこの種自動車を乗りまわしていて、その挙句に売買契約成立に至るのであるから、訴外人がこのような無登録自動車を持ち込んだからといつて、善意でなくなつたり、その処分権限の有無を登録のある自動車より以上に厳重に調査しなければならないわけではない。むしろ、そのような厳重な調査は必要でなく、また、質屋でも古物商でもなく、そのうえ抹消登録のなされた自動車であることを知つていた証拠のない被告としては、護渡証明書や新規登録用謄本の交付を求めなかつたことが過失になるわけでもない。更に本件自動車の価額と被担保債権額の間に前示のような差のあることなどなんら異とするに足りないからである。最後に平穏公然の点については多言を要しないから省略する。

(3)換言すれば、金三五〇、〇〇〇円の債務の弁済について僅々一週間の猶予を求めるため、平素取扱つている商品である自動車で、新車、無登録、販売代金五二九、〇〇〇円のものを訴外人の方から進んで担保に差入れたいと持ちこんで来たような場合には、訴外人の「自由になる車」つまり処分権限のある自動車であるとの言を信ずるのが、むしろ当然であつて過失があつたものとは認められない。

以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

(五)被告本人の供述によれば、被告は爾来本件自動車の占有を継続していることが認めることができるので、被告は昭和四〇年九月七日以降本件自動車に対して質権を適法に取得し、これをもつて原告に対抗できるわけであるから、原告の本訴各請求はその他の点について判断するまでもなくいずれも失当として棄却を免れず、訴訟費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。(福森浩)

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